翻訳出版書

「ミドル・パッセージ」

―生きる意味の再発見―

ミドル・パッセージ―生きる意味の再発見

分析心理ドットコム

サイトの名前は、ユングの思想や理論が、他の精神分析の理論と区別して、とくに「分析心理学(Analytical psychology)」といわれることにちなんでいます。

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故小川捷之氏の「夢分析―深層の読み方」は、とても読みやすく、夢分析についてのわかりやすいエピソードがたくさん書かれている本です。(残念ながら、もう絶版のようです。上の写真はわたしが撮ったものなので、アマゾンにリンクされていませんが、古本なら手に入ると思います。)

以下は、小川氏が、アメリカでユング派の分析を受けていたときの「分析のほんのひとコマ」です。具体的なイメージを思い浮かべてみたい方は読んでみてください。(原文を要約した内容です。)

ある日、分析時間の終わりぎわ、彼の書斎の壁にかかっているエロス的な女性の裸体画が目にとまりました。ちょうど、その面接では、中学一年のころに見た夢を話題をしたのでした。
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夢の内容:「運動会の練習中、女子生徒がリレーの練習でトラックを走っている。わたしはトラックの外でそれを見ている。右隣には父親も立ってそれを見ている。担任の先生の掛け声とともに、お気に入りの女の子が走り始めたとき、そこにわたしははじめて“女性”を見てしまう。伸びたしなやかな手足、大きく波打つオッパイ、丸く突き出たヒップライン、いままで気がつかなかったなまめかしい感情が、急にこみあげてくる。彼女のエロス的な体の線がまぶしくて正視できない。チラチラと彼女の走る姿を眺めながら、自分がいま何を思っているかを、そばに立っている父親がすでに知っているような気がして恥ずかしくなる。

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分析中、この夢をとりあげ、この夢以来、性的衝動を自覚するようになったこと、しかし問題は、現在でもエロス的なものを人前で感ずることを躊躇するところがある、と話したのです。夢の中で、隣の父に自分の心の中を知られたら、恥ずかしくていたたまれないだろう。いまも、分析家のあなたの前で、この絵を眺めていると、この古い思い出がよみがえってくる、自分はまだセクシャルなものに直面できないのではないか・・・とつぶやいていたら、彼は「一緒にあの絵を見よう」といいはじめ、私の肩に手をかけたのです。
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驚いて、アメリカでは分析家がここまで大胆に行動するのかと思いつつ、バツが悪く、少々恥ずかしかったのですが、思いきってその絵を一緒に見入ることにしました。
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さまざまな女性の大胆な姿態があって、直視することがはばかられるほどセクシュアルです。眺めながら、わざわざ私のために、彼がきょうここにこの絵をかけたのではないかと思えるほどでした。
分析が終わったあと、なぜか呆然としていて、めったにないことですが帰路を間違えてしまうほどでした。

夢分析というのは、このように、「見た夢」と「それにまつわる自分についての想起」や「“今”の気持ちや現実」とが微妙に交差しながら、意識が無意識とつながる過程です。これが、別の項目で引用した「自分が向き合っている現実を現実そのものとして直面する小さな勇気」の一例なのです。

また、意識が無意識とつながりを持つことによって、無意識が活性化され、その分、意識水準が低下します。それで分析終了後は、ぼーっとしてしまい、たとえば帰路を間違えてしまう、といったことが起こることもあります。

同書からの引用を続けます。

私たちはなぜ夢を理解しようとしているのでしょうか。なぜこれほどまでに夢にこだわるのでしょうか。それは夢が無意識のメッセージであるからです。すると、ではなぜ無意識を知ろうとするのかという問題が出てきます。自分の無意識を知ったって一文の徳にもならないと考える人もいると思います。分析家になるわけでもないし、カウンセラーになろうともしていないのに、こういうわけのわからない世界に迷い込むだけ損なことかもしれません。
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しかし、そういう人でも人間はかなりの部分無意識によって動かされているし、影響されていることは知っていると思います。そして、人間の心の大半は無意識の暗闇にあることも知っているはずです。
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考えてみれば、人間は生まれてこのかた年齢を加えるに従い、さまざまな体験をして、自分の意識の世界を日々拡大しています。いってみれば、人間の成長とは究極的に意識世界の拡大なのかもしれません。
私たちは、無意識を少しでも意識化することにより、自分たちの心の領域を豊かにすると同時に、深く無意識の心を知ることによって、真に自分らしく創造的に人生を生きられるのではないかと思います。
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自分というものの本質を求めて、無意識の探求を始めること、無意識へ近づくことは、自分一人ではなかなかむずかしいことです。分析家のような第三者がいると助けになりますが、そういう人がいない場合でも、時折、自分の夢について感想を述べてくれる人がいると、参考になります。