翻訳出版書

「ミドル・パッセージ」

―生きる意味の再発見―

ミドル・パッセージ―生きる意味の再発見

分析心理ドットコム

サイトの名前は、ユングの思想や理論が、他の精神分析の理論と区別して、とくに「分析心理学(Analytical psychology)」といわれることにちなんでいます。

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先日、ストックホルムで、ユング派分析家の集まりに行ったときのことです。

何十年も前にスイスで資格を取って、もう引退間近の分析家が、「自分は、分析家になって以来、ずっと週2回を基本として分析をやってきた。どんなに少ないクライエントでも週1度。それより少ない頻度では、やるつもりがなかったし、やったこともない」、と話しました。

そして、「数週間に一度しか来れない、とか、定期的に来れない、というクライエントを受け入れるべきか。」という議論になったのです。

「受け入れるべきではない。」、という発想がまるでなかったわたしは、少なからず驚きました。

どうも、他の分析家たちは、「週にx回、来てください。次は、x日に来てください。」と、病院の医師と同じように、決めることも多いようなのですが、わたしは、よほど緊急の問題がある、「セラピー」目的の人でもない限りは、そんなことを言ったことがありません。

とにかく一度だけやってみる→もっとやってみたいと思えば数回試してみる→そのあと続ける場合は、自分で頻度を決めてもらう

というのがわたしのやり方で、その結果、わたしとワークしている人には、「月1回ペース」という人も結構いますし、わたしが日本に行ったときだけ、つまり1年に1回か、多くても1年に2回しかセッションを受けないという人もいるのです。

1年に1度や2度では、「分析をやっている」とはいえないかもしれませんが、それでも「意味」はあります。以前にも書きましたが、その「濃密な」時間は、かけがえのない貴重な時間なのです。

「1か月に1度のセッション」で、それを「分析をやっている」といえるかどうかと聞かれると、答えに困るところですが、それをどんな名称で呼ぼうが呼ぶまいが、とにかく、この場合は、はっきりと、見えてくるものや得るものがあります。

たとえ1カ月に1度でも、定期的に自分のこころを見つめようとすることは、自分のこころに敬意を払うことですし、1か月に1度といっても、忙しい日々に追われているうちに、あっという間にやってくるので、この、現実生活にあまり関係ないようにも見えがちな「こころという神殿詣で」を続けることは、それ相当の意志が必要です。

・・・そして、何度も言うようですが、分析は高い!のです。

したがって、分析を受ける頻度は、「1週間に1度より少なくてもいい、10日に1度、2週間に1度、ひいては1カ月に1度でもいい!」というのがわたしの意見です。

頻度を上げれば、それだけ効率よく無意識が活性化するので、展開が早いことが多いのは、たしかです。

1か月に1度より、2週間に1度、2週間に1度より1週間に1度、1週間に1度より1週間に2度・・・もし状況が許せば、それはやってみる価値のあることだと思います。
でもそれが負担になるようだったら、決して無理せず、「たとえ頻度が少なくても、意味はある」、という方に目を向けた方がいいと思います。